いよいよ明日となった

【 MONA FASHION fes ~ grow up ~ 】



もうね、数日前から

ドキドキと、ワクワクと、幸せと、にやにやが

止まりません ☺️💓💓





当日は、ブランドステージの他にも


MONAモデルが

Gチーム( 関西 )Kチーム( 京都 )Tチーム( 神戸)

の3チーム毎に、それぞれ自分たちで

内容や構成、演出などを考えたステージや、

選抜されたMONAダンサーズによるダンスステージ、

そして、かみおくのステージなどなど …


本当に盛りだくさん ٩(ˊˋ*)و ♬"



楽しんでいただけること

間違いなしです ♡!!




私たちMONAモデルだけでなく、

本当に多くの方が関わってくださり

当日に向けて走っております 🏃✨✨


スタッフの皆様、

本当に本当に

ありがとうございます 😢✨




そして、忘れてはいけないのが

当日に行われる


『 次号表紙モデルオーディション 』




ありがたいことに、

私も、表紙モデルの候補の1人として

このステージに立たせていただきます ❁.*・゚





前回の2号ランキングで

「 2位 」という順位を頂いたことで

手にすることができた表紙モデルへの切符。



ランキング中から、

このオーディションへの出場を目指して

応援してくださる皆様にも

思いを伝えさせていただいていたのですが、




実は私、

" 表紙モデルになりたい " って

本気で思えるようになったのは、

今回が初めてなんです。





MONAと出会って、もうすぐ2年。



0号の時、私は

インタビューモデルに選んで

いただきました。




" 初代インタビューモデル "


って言うと、なんだかものすごく

貫禄を感じますが 、、笑




当時のインタビューモデルに選ばれたモデルに

与えて頂いた肩書きは、


『 MONA model finalist 2016 S/S 』


というものでした。





2016年7月。


0号最終オーディション。




約100名のMONAモデル合格者の中から

さらに約30名がこの最終オーディションへと進み、



紙面に掲載されるインタビューモデル、

MONAの看板となるイメージモデル、

そして、その3名のイメージモデルの中から

0号の表紙モデル1名を決めるというもの。



さらに、イメージモデルはその時点で

関西コレクションへの出場が

決まるというものでした。





当時の私は、

最終オーディションに進ませて頂けたというのに

事の重大さを全くわかっていなくて、



担当エージェントさんが

「 絶対に表紙になれるよ 」と

ずっと言い続けてくださっていたのにも関わらず、


当の私自身は、何の自信も、覚悟もなく、

全く実感のないまま、日々が過ぎていきました。




その時の私にとっては、

イメージモデルも、表紙モデルも、

そして、関西コレクションも、

何もかもが自分事じゃなかったんです。





ターニングポイントになったのは、

最終オーディション前日の夜。



ある方とお話をさせて頂いた時に、


「 自分のことを幸せにする未来は

自分で作るんだよ 」


という言葉を頂いて…



それが、すごく心に響いて。


どんっと背中を押していただいたような感覚がして。




" もしかしたら、明日のオーディションで

人生変わるかもしれない!!"


そう思ったんです。





そしたら、オーディションが

すごく楽しみになって、

わくわくして。✨



やっと、『 MONA 』というこの環境が、

そしてオーディションが、

自分事になった瞬間でした ( ˘ᵕ˘ )





オーディション当日も、

朝起きた瞬間から、用意をしている時、

会場に向かう道のりでさえすごく楽しくて ☺️♡



本番も、いい緊張感の中で

いろんな思いを伝えられました。



最初のオーディションの時には

" 何か良いこと言わなきゃ " って思っていた気持ちが、

いつの間にか、

" こんなこと伝えたい!" に変わったんです。





あの時に頂いた言葉に、

本当に背中を押していただきました。



自分の未来にワクワクすること、

夢をもっていい、そして叶えていい、

人は何者にでもなれることを

教えていただきました。



だから今でも、ADや何かに挑戦する時に

大切にしている言葉のひとつなんです ☺️✨





話は戻り、

最終オーディションの結果 …


私はインタビューモデルに

選んで頂きました。




素直に、嬉しかった。


… 嬉しかったんです。




ただひとつ、後から気づいたのは、


イメージモデルになりたいと

思っていたはずなのに、

インタビューモデルに選んで頂いたことに

満足していた自分がいたこと。





予定よりもかなり長引いた最終審査。



その中で、最後の最後まで、

イメージモデルの候補に

名前を挙げてもらっていたことを

後からお聞きして、


思わず涙が溢れました。




その時に初めて

" 悔しい " と思いました。




私の可能性や未来を

こんなにも信じてくださる方がいたのに、


私自身が、自分のことを

心から信じてあげられなかったこと。




私の中のセルフイメージが

そこまで追いついていなかった、

その時は、言葉で言い聞かせてただけだった。




この " finalist " という

肩書きをくださった意味を理解できたのは、

ずっと後のことでした。





自分を信じて、

応援してくださる方々を信じて、

どんなことがあっても

前に進み続けようと決めた日。



あの日の気持ちは

ずっとずっと、忘れずにもっていたい。



そう思って、今日までずっと

走り続けてきました。



時には立ち止まりながら、

そして時には、誰かの手を借りながら。






長くなってしまったので、

次に続きます … *





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