12歳になったばかりの春、4つ上の姉が入っていたバスケットボール部が

私の代にはなくなっていることに口を尖らせながら、体育館へ向かった。



新入生歓迎会という名目で、ブラスバンド部の演奏が披露された。

 

背の順に並ばされたせいでよく見えなかった分、バスドラムの「ドンッドンッ」という音だけが心臓の鼓動に重なり、

さっきまで尖っていた口は、開いたままふさがらなくなった。

 


そのとき、私はブラスバンド部に入ると決めた。

 

 

部活に入るとまずパート希望を書く用紙が配られた。

第一希望:クラリネット 第二希望:ドラム(パーカッション)   と小さく書き込んだ。

仲のいい友達がこぞってクラリネットを希望していたため、まんまとその波に乗ってしまった。

 

提出してすぐに先輩から声がかかった。

「馬場さん、もしよかったらパーカッションに入らない?パーカッション希望が馬場さんしかいなくて 

 

私はすごく嬉しかった。

好きな数字は2 

1より2が好きで、色だってゴールドよりシルバーが好き。

そんな私の裏を見抜かれたような気がしてワクワクした。

 


本当にやりたいことがあるなら、“周りの目は気にしなくていいんだ”。

第二希望、なんて遠慮しなくていい。

 

そう強く思った。

 

 

 



それから十数年経った2020810日、

ヴォーカルオーディション、そしてバンドでMONA LIVEに出演することが決まった。

この日でこれからの自分の“目的地”が定まるかもしれないぼんやりとそう思いながら、 スタジオへ向かう習慣が始まった。

用意した数枚の楽譜の中から紅蓮華と書かれた1枚を手に取る。

 

よく、ヤンキー映画を観たあとに自分も強くなれたと錯覚することがあるが、 毎日この曲を聴いている私は完全にオラオラしていた。

 

主題歌を歌うLisaさんになりきって頭を振り乱す勢いで、この曲を聴きながら通勤時間を過ごしてきた。自宅である程度リズム練習もしている。

イメージはばっちりつかんでいる。いける。

 

 


 

 

……いや、むっず!

 

 

 


 

実際の楽器を触ると、当たり前に感覚が違う。

ま、まぁ知ってるしな。初めての個人練やからな。

 


さっ次!次の曲!…これもやん。



じゃぁ次の曲!…なんやねんこれ。

 


 


オラオラ期はあっという間に終わりを告げる。



そしてここから、これでもかというくらい不安を集めだした。

ちなみにこの期間のことを私は第二次イヤイヤ期と呼んでいる。

 

体力が奪われ、指の皮まで奪われそうになるので、練習時間の最後にしていた曲。

その曲がまさかのトップバッターを務めることとなった。不安。


 

私の指紋なくなってしまうんちゃうか。

 


バスドラムのペダルの踏み方をずっと間違っていたことが発覚焦ると同時に、これはちょっと笑った。

バンド曲の演奏経験は数回しかないなのに4曲もある。不安。


 

私の右足どっか飛んでいってしまうんちゃうか。

 

 

バンドの練習に必死で歌の練習をする時間も惜しいと感じていた。

 

こんなので舞台に立てる…?

こんな気持ちで想いを伝えられる…?

 

 

 

心の自信がなくなっていった。これが一番の不安だった。

 

 


 

でも、私にはバンドの存在があった。

メンバーと合わせていくなかで、叩き方を少し変えてみたり、 いくつものYoutubeの叩いてみた動画を見ながら、ここはこの人のリズムの取り方を真似してみようとか。

そうやって工夫したことが、音が、ハマるときだけは何にも代えられない楽しさがあった。

 

 


ひとりでは絶対乗り越えられないことを、チームのみんなに支えてもらっていた。

 


 

LIVEの前日“呼吸がやっとできたような出来事”があった。

 

不安はいつの間にか≪これだけ練習したから大丈夫≫に変わっていって、

無理だ、出来ないと決めつけていたことがいつの間にか出来るようになっていた。

バンドに関しては。

 

問題は歌だ…

 

 

 

 

そして迎えた本番当日。

 

舞台に上がると、メンバーの背中越しに見えるお客さんの姿。

本当に特別で、最高な空間だった。

 

ヴォーカルオーディションのステージは、自分が表現者になった気持ちで、

ドキドキと充実感でいっぱいだった。

 

あのとき鼓動が高鳴ったこと、ワクワクしたこと、

ただ純粋にすきなことを楽しんでいた十数年前の自分に戻ったような感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

「舞台に立った瞬間、スイッチが切り替わるんです。なりきるんです。」

 

 

歌うことへの不安を見せたとき、そう伝えてくれた人がいた。



 

私は歌う意味を考えた。






伊藤由奈さんのPreciousを歌うことを決めたとき、どんな気持ちだった?

 

不安な日もあったけれど、自分が舞台に立つ意味を自分なりに決めて

逃げないで向き合ってくれる人がいるから、自分も逃げないでいよう、と。

 

歌詞に励まされた。

 

 



表現者になりきろう。すっと心が決まった。

 

 




伝えてくれた人…その覚悟を持たせてくれたアーティストが、川森萌可だ。

 

 



彼女が夢を叶えていく背中を、近くで見させてもらっていたから

あのステージにも覚悟が持てたのだと思う。

 




 

そんな彼女は作詞に挑戦したらしい。

それが披露される927日のバースデーライブが、改めて楽しみである。

 


きっと、彼女の歌に、励まされたり元気をもらう人がたくさんいる。

 

 


もちろん私もそのひとりで、その曲を聴くたびに第二次イヤイヤ期のことも

「あんなこともあったな~。」


と笑い飛ばせるのだろうなと思う。